ブログ記事1,575件
チャーギがイヌマキと知り驚く令和6年3月19日沖縄の記録つづき『【星の民】門(筒⭐️)を潜ればそこは異世界古代高度な技術者集団集結沖に縄張り.沖縄』まだんみち真珠道首里城入口エリア炎上前の首里城平成4年の首里城復元の時沖縄担当でいった出張で満喫していた首里城については不思議な経験がある普段、絶対つけ…ameblo.jp見せる復興、見られる復興の首里城ようやく復興中の正殿へここからは、今の時期しかみることのできない見せる復興、見られる復興首里城完成予定の2026年まで
ウチには犬がたくさんいる。置物だけど😂じゅり馬まつり沖縄の紫と馬から尾につながったが、、『【星の民】波之上宮、端城境に坐す沖縄の紫と馬.じゅり馬まつり水際で塞ぐサイ姫への鎮魂と感謝』じゅり馬まつりパレードが行われる辻エリアにはこんな公園がサンモウジ公園通称弁当公園⁉️戦前聖地であった戦前のサンモウジと辻原墓地こんな大きな亀甲墓…ameblo.jp馬に戻りたい。。のに、このタイミングで体調不良が発生したとってもわかりやすい方法で沖縄の紫と馬は体力、エネル
えー!もうニルアド終わっちゃった!早い…!すごくさくさくプレイできました。それにツグミや設定にツッコミどころがあれど、まぁそもそもが稀モノという存在しないものがしてる訳で…個人的にはYOUもう早くやっちゃえよ!タイプなので受け入れOKでした(´<_`)話の筋通ってないとさすがにいやだけどね?隼人さーこれさーズルいわー全部持ってかれたわーえ?なにがって?私のきゅんポイント♡(;´Д`)オロロロロロ(自分で言ってて気持ち悪くなったやつ←)元々隼人のキャ
京田辺の月読神社金澤成保京田辺では棚倉孫神社に加え、平安京の南北軸の南の起点となった霊峰「甘南備山」の北方にある月読神社もお参りした。JR学研都市線・大住駅の北西に徒歩で20分ほどにある神社で、「隼人舞」の発祥の地として知られる(京田辺市無形文化財)。「隼人舞」は、古代九州大隅の部族・隼人が大和王権に服従し、奈良時代にこの地・大住に住み、その後裔たちが宮廷の大嘗祭や当社に奉納してきたといわれる民俗芸能である。ちなみに大住の地名は、九州の大隅に由来するといわれている。(写真
時間ギリギリまで、行くか止めようか迷ったけど、行くだけ行って辛かったら帰ればいい。とりあえず、行こう。猿之助四十八選って、役者で見せる演目なんだよね。この宙乗りも役者自身に魅力がないと、別に何でも無いと言うか…。四代目が立役をやるときは、身体の力の入り方が凄い。「身体、つらないかな?」って思うほど張りがある。そうして、大きさを出すんだね。エネルギーの放出量もハンパなかった。早変わりの踊りを観ても「やっぱり猿之助は上手かったんだな~」って思ってしまう。隼人も頑張っているけれど、手順
鹿児島神宮は大隅国一の宮で、主祭神は天津日高彦穂々出見尊、豊玉比売命です。霧島神宮を参拝したある日、「隼人」という言葉が頭の中に響いたので、そのまま隼人へ向かいました。付近には神話伝説の里が色々と点在しています。ご祭神「穂穂出見尊」の御陵とされる高屋山陵が北西13キロのところにあります。ですが、ここで押さえておきたいのは隼人についてです。鹿児島神宮、荒田八幡、鹿児島大明神(垂水)はほぼ二等辺三角形をなし、その分社を結ぶ線上に、桜島の月読神社がある…と神社の鹿児島神宮史に
湯田川温泉は、鶴岡市にある温泉で鶴岡の奥座敷と呼ばれているそうです。開湯1300年で庄内3名湯の一つになっています。あとの2つが、あつみ温泉と湯野浜温泉です。今日は、隼人旅館さんに泊まりますこの宿は、江戸のお巡りさん新徴組が、一時的に本部を置いた宿になります。外観は普通の家みたいです。お部屋は8室で、源泉かけ流しの宿です。涌き出た源泉に一切の手を加えず、温度調節も行っていないみたい、すばらしい~玄関入ると、レトロぽい感じです。すぐに宿の御主人が来て、お部屋に案内してくれました。
こんにちはイクオくんの毎日が超自然派ライフ田嶋です。このブログでは、「人間も自然の一部である」に氣づいてしまったイクオくんが人と地球と宇宙に優しい自然波動たっぷりの情報発信をしています。旅日記です!鹿児島全土満喫ツアーDay3は、いよいよ大隅半島を巡ります。目指すは日本本土最南端『佐多岬』この日も朝6時起床、お部屋にある温泉に入り7時に出発です。猿ヶ城渓谷森の駅たるみずさん、ありがとうございました。宿を出発して10分、薩摩半島からフェリーで渡ってきたkei
篠原悠希角川文庫2020年2月発行いくらさんのブログでお見かけして・・面白そうだと思って予約、ようやく読めました。はい、もういくらさんがおっしゃってる通り、なんですけれど。篠原さんの本、記憶にありそうでなくて・・お初だったかもしれません。ファンタジーってその世界に入り込むのに時間がかかったりするものもありますし。正直、読み始める前は今の精神状態ではきついかな、と思ったのですが。そんなことは全くなくて・・弥生時代の後期。久慈島と呼ばれていた九州が舞台。平和に暮らし
鹿児島県長島町の「うずしおパーク」からは、海峡*黒之瀬戸や黒之瀬戸大橋が見え、綺麗な景色が広がっています♬この地は、万葉集南限の地でもあり、歌碑があります!元号「令和」にちなんだ、序の石碑もあります!権僧上(ごんのそうじょう)公朝という僧です。公朝は、鎌倉時代の前期、13世紀後半、宗尊親王の時代に鎌倉で活躍した関東の代表的歌人で数多くの歌を残しています。公朝が黒之瀬戸に来てこの歌を詠んだのかどうかは不明です。夫木和歌抄」(ふぼくわかしょう)にあり、夫木和歌抄は1310年頃成立し、万葉集以