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松平不昧は、結構、江戸っ子的な殿様だったように思えます。大名の嫡子(後継者)は、江戸暮らしが義務づけられていましたから、成人し家督を継ぐまで、江戸の風土の中に居たわけですから、当然とも言えます。不昧の画賛や消息など見ると、洒脱で歯切れがよく、イキのいい感じがします。しかし、江戸に不昧の痕跡は、ほとんど残っていません。墓は大正年間に護国寺に移され、今も威容を誇っていますが、それ以外には、ゆかりの茶室とかも残らず、御子孫はたしか、武蔵野市の方にいらっしゃると聞きましたが、不昧流そのものが
昨日、我が家のささやかな初釜が無事終わりました。茶会としても勿論ですが、内々でも、今年になって初めて炉に釜を掛けたわけで、昔の茶人に「遅過ぎ!」と叱られそうですが。釜と言えば、先回、「釜日」という言葉に触れましたが、「在釜」という言葉、ご存知でしょうか?釜が在る、つまり、釜を掛けている状態ですが、辞書には「茶会を催しているのを知らせる言葉」とあります。この言葉も、少なくとも東京では死語になっているのではないでしょうか?「本日在釜」などと紙に書き、門前に張り出すのですが、私は東京では一
本日も文中、敬称は略で失礼を。今後は一々お断りはしません。江戸千家は7代蓮々斎が江戸(東京)に戻り池之端に居を構えた頃は、正直、知名度は低かったと思います。明治大正の茶道界では、浜町さんと呼ばれた川上宗順、石塚宗通、大久保北隠、式守蝸牛、辻宗謙など、不白系の茶人が活躍しています。宗順は馬越化生や益田兄弟など多くの数寄者を教え、宗通は岡倉天心との交流が有名です。北隠や蝸牛は今に続く東京茶道会を立ち上げたメンバーで数寄者との交流も深く、宗謙は正木直彦(東京美術学校長・帝国美術院長)の師で有名で
茶懐石では、ご飯が大事です。最初に炊きたてのご飯、少しペチャっとしているものを出します。表千家では、丸い形で一口くらい、裏千家では、横一文字といった具合に流派によっても違います。そして、二回目は、飯器に少し蒸れたものをお客さんそれぞれに、お碗に軽く一杯くらい盛り付けて出します。そして、三回目は、程よく蒸れたご飯をたっぷりと飯器に盛って出します。それから、最後は、おこげを白湯と一緒に湯桶に入れて、お漬物と一緒に出します。おこげついては、わざと最後に火であぶって、おこげにする人
広島駅エキエにあります。茶人SAJINのお土産をいただきました❗️コンセプトは、お茶を食べる🍵お茶のお菓子専門店です…ダックワーズを3種類😃もみじおぼろおぼろダックワーズ200円お抹茶お茶の味が、感じられるダックワーズもみじおぼろおぼろダックワーズ200円もみじの形が、広島っぽいですねもみじ生キャラメルダックワーズ中に、キャラメルクリームが、入っており、ホロホロダックワーズと良くあいます。広島では有名な、スイーツ店が手がけているお店なので、どれも美味しかった😃
ちょっと久しぶりのお茶会。晴れて爽やかなお天気。お軸は「茶烟永日香」「ちゃえんえいじつかんばし」と読み、新茶の頃になると、一日中、茶畑にいい香りが漂っているというような意味です。これは代々表千家の宗匠を務める長生会の故兼中斉、堀内宗心宗匠の筆になるもの。この故宗心宗匠は、最も茶も禅も学ばれ、そのお人柄も実に素晴らしい方だったよう。お目にかかれた方は勿論、そうでない方も、宗心宗匠のお人柄や考え、お言葉に惹かれ、お茶を始めた、続けているとおっしゃる。宗心宗匠の心