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現在(多発性筋炎入院加療中)までの経緯地元~大学病院を紹介され、神経内科を受診。とっても優しい女医さんで、こちらの話を細かく聞いてくださり、かつ丁寧に力比べ←どんなじゃをし、『神経内科でも大丈夫ですが、より専門的にリウマチ・膠原病内科に紹介状出しますね』と他科を受診することに。すぐに膠原病~に移動し、また新たに問診。先程の女医さんのカルテを見つつ、新な先生からいくつか質問を受け、答えていった結果、『今日から入院できますか?』ハイっ『いやぁ、今日は無理です…』『じゃあ、明日からです
2021年5月12日午後2時から入院入院は1週間です。今回のことは、家族にもギリギリにしか言わず、職場の人の数人とわずかな友人にしか入院のことは話していませんでした。こんなときだから、みんなの心をザワザワさせたくなくて💦コロナ禍での入院は大変です。なんせ家族は同伴できないし、お見舞いもなし、荷物だけは受付で受け取りはできます。しかし入院中は外に出れないし、院内にはコンビニもないので、必要なものは全部自分で持っていかないといけません。もう海外旅行なみの荷物です😅いざ!出陣!!!ということ
アメリカのテネシー州ナッシュビル近郊で夫と2人ゆるりと暮らしていますわくわくできるアメリカ生活が送れるよう日々のできごとをつづります(´v`)𓇼𓇼𓇼𓇼前回のブログ、温かいコメントをくださった方もいて本当に励みになりますアメリカお届けジャンルのため、アメリカの記事を引き続き書いていこうとは思っているのですが、残念ながら私の趣
8月30日人生初の入院。8時50分までに病棟に来て下さいと言われ、病棟に上がった。産婦人科病棟だ。私は来年の3月に、ここで赤ちゃんを産む予定だった。こんなに早く産まれなくてもいいのにね。まだお腹の中にいてよ。悲しかったけど、努めて明るく振る舞った。だって私、ここの職員だから。看護師だから。泣いて取り乱すわけにはいかなかった。着替えを渡され、処置室に通された。先生を待っている間、ここからお腹の中の赤ちゃんがいなくなるのかって考えて、ほろほろ涙があふれた。
※この記事は、遡って書いています。実際には手術は4月下旬に終わっています。自分用の記録のためもありますが、今後入院を控えている方にとって少しでもプラスになればと思って書いているため事細かく長いブログになっておりますご了承下さい🐰はい、やっと後半です。テープ交換をして、傷口と初対面したわけですが。とにかく、テープ交換に全力を注いだのでとっても疲れており。傷口に構ってる暇はなく、達成感でいっぱいでした。笑今写真を見返すと、生々しい傷なのでちょっと胸がキュッとなって頑張ったな〜。っ
なうどうにもこうにも、体調悪化で経験したことのない絶不調で【このままだと死ぬ】と思った私と家族(以心伝心)近くの総合病院へ←かなり有名で大きいそこでバタバタと慌てられ、検査+悪化したあと再診をした病院の判断や内容にびっくりされ、即血液検査とCT(結果、血液の数値とか悪すぎ&CTは大丈夫)総合ドクター「すぐ紹介状だします!」と、潰瘍性大腸炎の専門医のいる大学病院へいまは1/100位に落ち着いた。まだ痛むことあるけど。やっぱり安心だーなんてったって入院してるから(笑)今までが悪す
2019年9月3日朝6時に腹部の鈍い痛みで目が覚めました熱も38度超え起き上がってみるとフラフラでトイレも一苦労食べなきゃ元気出ないと思い無理してトーストを口にして病院に向かうまでの間は横になっていました10時の予約なので9時半にタクシー呼んで妻とともに再び病院へ激混みの西部医療センターの待合エリアで何とか二人並んで着席私が体調悪いせいもあり二人とも口を開かなかったただ不安なまま待ち続け予約時間を30分ほど過ぎた頃に
46歳にして初めてづくしだが、もちろん入院も初めて。独女には忘れものを届けてくれる人もいなければ、送り迎えもないさっwそして、入院バッグをググると…出産用の入院バッグネタばかり💦ごめん、人生でその行事ないママ終わったよ。さて、入院の時ってどんなバッグで?どんなものを持っていくんだ???今回の入院テーマは『バカンスでハワイ感覚』なので、10日ぐらい行った場合か…とかぼんやり考えてた。病院で『入院のご案内』をもらうので、とりあえず読んでみた。うーむ…術後腕とか上がらなくなったら困るし、
入院中のお食事事情。人生初の入院。比べる対象がないのでなんとも言えないですが、わたしは美味しいとおもいました。ボリュームも◎お部屋に冷蔵庫があるので、パックの飲み物は飲めなければ入れておいて好きな時に飲めるので👍ある日の朝ごはんお昼ごはん夜ごはんごはんがすすむ系のおかずとは限らないので、ふりかけを持っていった方がいいと思います。