ブログ記事3,433件
今回は「区間列車ワンマンショー」をお届けします。前回の記事もご覧いただきありがとうございます。このコーナーでは、その路線の途中で始発終点となってしまう「区間列車」に着目し、区間列車に実際に乗車して、車内の様子や車窓などを楽しみつつ、その列車がどのように利用されているかを実際に見ていこうと思います。コーナーの更新は不定期となりますが、取材を適時行いながら記事を増やしてまいります。多少マニアックな着眼点ではありますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。今回はJR東日本の長野エリ
探索日2007/03/18切り替えは1973年4月20日の複線化時坂下駅方新旧線分岐点左が旧線上鐘山トンネル、右は現在線新上鐘山トンネル上鐘山トンネル田立駅方口トンネル内は名古屋大学理学部坂下宇宙線観測所が使用している山沿いに続く廃線跡トンネルを出てしばらくは線路跡を歩ける橋りょう跡石積み橋台が残る橋げたが乗っているけど、旧線とは無関係岐阜県道6号線側壁上を旧線が走っていた右は木曽川を渡る現在線対岸にガードレールが見えるけど、そこ
(急行に転用)本日も12系の紹介を続けます.本日は20系が急行に転用された姿のセット製品です.スハフ12の後期形・ドアに白線がない,国鉄設定の車両は,KATO製品ではこの製品にしか含まれません.現在でも活躍を続ける155号車で,所属は「大ミハ」です.この製品では,20系は12系と併結・電源供給ができるようになっており,ナハネ20は1000・2000番台に分類されています.実は通常のナハネ20とは作り分けられており,ドア上の階級表記がありません.ナハネフ22も同様であります.製品
2019年まで中央本線の特急「あずさ」、「かいじ」にはE257系0番台が使用されていました。E257系0番台には山梨県になじみ深い武田菱をモチーフにしたデザインが施されていたため、山梨県民にはなじみ深い車両ではなかったでしょうか。2019年のダイヤ改正で中央本線特急は全てE353系に統一され、E257系は定期運用から離脱しました。その後しばらく波動運用に使用されていましたが、全車両が2000番台に改造されたため、0番台は消滅しました。▲大糸線に乗り入れるあずさ3号。当時は千葉から南小
「新宿始発の中央特快」、ダイヤ改正で消滅!中央線ユーザー「つらい...」http://j-town.net/tokyo/news/localnews/240220.htmlMIXIで、このニュースについてのつぶやきで「新宿始発で、立川、八王子、高尾にしか停車しない『普通』列車があったのを覚えている人いますか?」と書き込んだら、予想外の反響をいただいてしまいました。書ききれなかったこともあるし、加藤紗里やKANA-BOONの飯田祐馬ばりに売名に成功(?)したことに味を占めたので、調子に乗って
中央本線(辰野支線)辰野駅←信濃川島駅→小野駅2024年4月7日(日)に訪問した、中央本線(辰野支線)信濃川島駅の画像をUPします。片面ホーム1面1線の地上駅で、無人駅です。中央東線で最も利用客が少ない駅です。かやぶきの里と、面足命社の最寄り駅です。ホームの入口です。信濃川島駅の駅名標です。信濃川島駅の写真入り駅名標です。以上です。中央本線(辰野支線)辰野駅←信濃川島駅→小野駅
探索日2015/11/22横吹第二トンネル東口付近の旧線跡この区間は二度付け替えが行われている一回目は1917年(大正6年)(旧)横吹第二トンネルが地盤崩壊のため短期間で放棄二回目は1997年2月23日下り線として使用されていた明治・大正期のトンネルを廃止、新下り線用に二つの新トンネルが掘られた1968年の複線化による線増を含めれば初代、二代目、三代目、四代目線が存在することになる甲斐大和駅方新旧線分岐点211系電車の走っているとこは1968年開業の三代目
飯田橋駅ホームは2020年7月に移設されましたがホーム設備は2022年現在でもまだ見るとことができますっとその前に四ツ谷駅ここは中央快速線ホームグリーン車増車の関係で各駅でホームの延長工事が進んでいます。屋根がないけどいずれ設置されるっぽいね頑張って土地用意した関係で狭いホームになってます。飯田橋ホーム跡地は通路として利用されている階段で1Fへ降りるところが一部削られている用途廃止となって2年が経過しますがいずれ撤去されてしまうのでしょうか202
毎度ご覧いただきありがとうございます。前々回のブログでは夜行急行「アルプス」の話をしました。34年前の1985年秋に乗車した新宿23時45分発南小谷行「アルプス11号」です。1回限りにするには惜しいネタですので、今回は話を膨らませたいと思います。台風15号で被災して雨漏りした拙宅ですが、難を逃れた時刻表のひとつが交通公社の時刻表1985年5月号です。表紙の画像は山陽本線大野浦付近です。前年に始まった「エキゾチックジャパン」キャンペーンの真っ
塩尻駅長野県塩尻市の代表駅です。塩尻市の名前の由来は日本海沿岸からの塩売りが、塩を売り歩いて南下すると塩尻あたりで品切れになるという説と、日本海側の塩と太平洋側の塩がちょうど合流する地点だからという説があります。昔から交通の要衝として栄えており、塩尻駅は中央本線と篠ノ井線が合流しています。更に岡谷から分かれた辰野支線は当駅で本線と合流します。中央本線の運行系統は当駅で完全に分断されており、東京から塩尻は「中央東線」、塩尻から名古屋は「中央西線」という愛称が付いています。中央東
↓東京・市ヶ谷の、満開だった頃の桜の続きです。桜並木は、外堀と線路を挟んで両側に続き、どちらも画面に収めたいと、つい欲張ってしまいました。桜の花が、多くの人の心を上向きにしてくれるのは、なぜなのでしょう。[鉄道模型]カトー(Nゲージ)10-1834E353系「あずさ・かいじ」基本セット(4両)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}桜の絶景首都圏版Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TE
E353系とはE353系はE351系『スーパーあずさ』の後継車両として登場しました。E351系は制御付き振り子式を採用し、カーブを高速で通過できるようになり、速達性は向上しましたが、コストを掛けたほどの速達効果を得られず、メンテナンス性が悪く、毎日高速で走行していたことから老朽化が進んでいました。そこで、E353系ではよりメンテナンス性に優れた空気バネを使用した車体傾斜システムを採用しています。このシステムでは傾斜角度は5度から1.5度へ小さくしつつも、カーブの通過速度は同じとな
探索日2013/05/02中央本線石和駅(現石和温泉駅)を所管駅としていた専用線駅から途中までは秩父セメント石和サービスステーション専用線と共用石和温泉駅ホームから撮影甲州砕石、秩父セメント共用線は写真中央へのびていく更地となって残る廃線跡左は太平洋セメント甲府サービスステーションカーブする鉄道用地E257系電車が停まっているとこは石和温泉駅平等川を渡る橋りょうの跡はない右岸から橋りょう跡を見る橋りょう北詰にある看板二社線の分岐点甲州砕石線はENEOSの
中央本線岡谷駅←みどり湖駅→塩尻駅2024年4月7日(日)に訪問した、中央本線みどり湖駅の画像をUPします。相対式ホーム2面2線の掘割構造の地上駅で、無人駅です。みどり湖と、塩尻宿と、塩尻東地区センターと、小坂田公園と、セイコーエプソン塩尻営業所の最寄り駅です。上り線出入口です。下り線出入口です。駅名板です。上り線ホームの改札口です。下り線ホームの改札口です。下りホームの、みどり湖駅開駅記念碑です。みどり湖駅の下りホームの駅名標です。みどり湖駅の上りホームの駅名標です。
中央西線ダイヤグラム2022(中津川ー塩尻間)(貨物時刻再修正)|ある鉄道マニアの勝手なつぶやき(ameblo.jp)今年のいつだったか、雑誌掲載する時に、できなかった、中津川以西。(全体はこちらの他ダイヤグラムに。)描いた。(平日)快速が普通を抜かすことがないダイヤで、いささか面白みに欠けるんだよね。それも、描かなかった理由。本数が多いので、途中駅は、千種、高蔵寺、多治見、のみ表記。列車番号も書けない。これが複線区間のダイヤグラムの描き方だ。
探索日2017/12/30中央本線八王子駅から分岐していた専用線横浜線から途中分岐していた廃止は1938年4月20日らしい※浅川河川敷にのびているのは砂利線か?横浜線との分岐点ここに大阪窯業線の築堤が接続していた大阪窯業線はここへのびてくる左のアパートは線路の角度に合わせて建っている京王電気軌道(現京王電鉄京王線)をまたいでいた線路橋の橋台八王子駅方のみ残るこれは工場方橋台の基礎か?線路橋から先、跡は残っていな
中央本線(JR東日本)・CF中央本線(JR東海)・篠ノ井線みどり湖駅←塩尻駅→広丘駅小野駅小野↙洗馬駅洗馬↙2024年4月6日(土)に訪問した、中央本線・CF中央本線・篠ノ井線塩尻駅の画像をUPします。島式ホーム3面6線の橋上駅舎です。1982年5月17日(月)に、現在地に移転しました。移転前は、島式ホーム2面4線の地上駅で、名古屋方面からの特急「しなの」号などは、当駅でスイッチバックをしていました。塩尻市役所と、長野県塩尻志学館高等学校と、塩尻市文化会館レザンホールと、塩尻イン
探索日2013/05/02中央本線石和温泉駅を所管駅としていた専用線セメントサイロの右、トラックの停まっているとこが廃線跡そこに三線の構内線があった現在は太平洋セメント甲府サービスステーションになっているプレハブ小屋のとこが構内線終端右は中央本線
探索日2014/10/14切り替えは1978年9月14日の複線化時前回探索は、完全とは言えない内容なので再訪したこの先が日出塩駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる逆光でわかりづらいけど、左に現在線日出塩トンネル東京方口旧線はトンネルに入らず、山沿いを進むここを旧線が走っていた廃線跡を歩いていく右下は国道19号線381系電車特急〔しなの〕がここを駆け抜けたのだ自然に帰りつつある廃線跡左の林沿いを旧線は走っていた擁壁が残る
訪問日2015/11/22深沢トンネルと横吹第二トンネルに挟まれた明かり区間切り替えは1917年と1997年2月23日『中央本線旧線(甲斐大和~勝沼ぶどう郷)①』訪問日2015/11/22横吹第二トンネル東口付近の旧線跡この区間は二度付け替えが行われている一回目は1917年(大正6年)(旧)横吹第二トンネルが地盤崩…ameblo.jp新旧横吹第二トンネル西口左は1903年から1917年まで使われた(旧)横吹第二トンネル右は1917年から1997年まで
特急ふじかわは、静岡と甲府を結ぶ特急電車。細君の実家が山梨で、甲府方面に行く機会は今までも多々あったのですが、その移動手段はいつもは車。ですが、今回は中央本線沿いの駅に用事があったので電車で行くことに。この電車、窓枠が大きく眺望が楽しめます。身延線に入ると、富士宮駅辺りでは以前に訪れた富士山世界センターが見えたり…富士川沿いでは、川を挟んで52号線や中部横断自動車道と並行する区間が続き、対岸からは、こんな眺めになるんだと…高所恐怖症のために走り抜けるのが怖い中部横断自動車道の橋の
これだけの数が集まると壮観。世の中の動きを実感します。タンク車貨物列車の様子。八王子駅と拝島駅にて。中央線沿線は燃料輸送が盛ん。長大トンネルの多い山梨県への輸送や、こちらの写真の米軍燃料輸送(JP-8のラベルがその証)等が多数あるためでしょう。八王子駅や拝島駅は、貨物列車マニアには必見の地です。
中央本線(本線)下諏訪駅←岡谷駅→みどり湖駅中央本線(辰野支線)・CD飯田線岡谷駅→川岸駅2024年4月6日(土)に訪問した、中央本線岡谷駅の画像をUPします。単式ホーム1線、切欠きホーム1線と、島式ホーム1面2線の、合計2面4線の地上駅です。中央本線(辰野支線)には、CD飯田線の電車も乗り入れます。駅の西側で、長野自動車道と交差し、近くに、岡谷ジャンクションがあります。照光寺と、テクノプラザおかやと、イルフ童画館と、イルフプラザと、岡谷市役所と、岡谷市民病院と、岡谷スカラ座と、
全体はこちら。1832M及び834Mの時刻が大きく変更され、洗馬で臨時のしなの82号と84号の退避を行うようになるんですね。(今までは奈良井か薮原かどちらかで臨時に時刻変更し、木曽福島での停車時間がなくなる、という仕様だった。)それに伴い、貨物の運行も一部変更している。(2019年データ参考)また雑誌社から連絡が来て、載せるかもしれない、ということで。例年と違って、貨物がある路線からやらなきゃいけないんだよね。貨物は難しいんだよ。ホントは山陰と
JR東海を代表する在来線車両といえば間違いなく313系でしょう。313系は1999年から15にわたり製造され続け、かつてはJR東海の全電化区間で使用されていました。なぜ313系はここまで勢力を伸ばしたのか?それは、313系がJR東海の理想を全て叶えた超優秀な車両だからでしょう。どれも見た目が一緒で違いがよくわからないと思われがちな313系ですが、じつは様々な個性があり、知ればJR東海区間の旅が非常に楽しくなると思います。ここでは313系について徹底的に解説していきます。313系の基
いつもご覧いただき有難うございます。2010年3月から始まったJR御茶ノ水駅バリアフリー整備工事、今回はホームに降りて工事を観察してみました。まずは、工事開始のずっと前の2010年、ホームに記された乗車位置案内。201系からE233系に変わろうとしている中、先々代の101系が描かれていました。弱冷房車どころか、冷房車すら怪しかった時代です。同じく中央総武緩行線も。なお、この表示、2015年には撤去されていました。エスカレーターが供用開始となりました。新宿方面行きホーム、
こんにちは。前回のブログで、筆者は「E233系・甲府乗り入れは、『条件付き』なら可能で有効では?」との考えを述べました。今回は、その内容についてです。では、その「条件」とは何か?それは「早朝の甲府発上り列車に1本、それに関連して夜間帯に東京発下りに1本」です。どういうことなのか?実は山梨県には、ある悩みがあります。それは、「甲府からだと、特急列車では東京の朝イチの会議に間に合わない」、というものです。「え?」「ウソやろ?」と思われた方もいらっしゃるかも知れませんが、下の写真をご覧
探索日:2021年11月27日富士見で中央本線の旧線探索特急あずさの一部が停車する中央本線富士見駅。中央本線の沿線には複線化などの線路改良に伴って付け替えられた旧線の遺構が数多く存在する。ここ富士見駅と一つ手前の信濃境駅の間にもトンネル3本と橋梁1本を擁する旧線跡が残されており、中でも立場川に架かる旧立場川橋梁は中央本線屈指の旧線遺構で、今も現在線を走る列車からその姿を見ることができる。これが列車の車窓から捉えた旧立場川橋梁。今回の探索はこの巨大鉄橋の攻略を目標として、信濃境~富
[中央本線,篠ノ井線,大糸線]E127系100番台運用表<2023.3.18改正ダイヤ>列車記号AN:E127系100番台霜取りパンタ無しAS:E127系100番台霜取りパンタ付き見方信濃大0530→0624松本3220MAN+AN有明0720←0643松本3111M(空白)→上記と同組成有明0728→0802松本3112MAN→組成変更時刻の色9999M:普通列車9999M:旧線(辰野経由)9999M:回送----------------
12月10日に書いた東北旅・ショートストーリーの資料の隙間に飯田線の写真が紛れ込んでいたのでコイツをネタに書いてみることにしました。快速「天竜」とあります。「天竜」は急行だったような記憶もあるんですけど?この表記についてはよく覚えていません。すでにアコモ化された165系での運用でしたが、この2枚の写真は、多分駒ヶ根~長野へ出張した時に撮ったものと思われますが日時が不明なためこのくらいにとどめておきましょう。これは辰野にいたクモハ123でしょう。主に辰野と