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先週の事ですが備忘録です。高野山散策でお昼はこちらへさんぽう精進料理が名物(?)ですよね胡麻豆腐湯葉巻き揚げ胡麻豆腐鍋胡麻豆腐も美味しかったですが粟麸の田楽がモチモチしてて美味しかった買って帰りたかったけれど粟麸は生では無いのかな?胡麻豆腐はこちらでお土産用にお土産屋さんでも取扱がありました季節外れだったせいか観光客はそんなに多くなくお店も閉まっているところがチラホラ休憩に立ち寄ったこちら出来たて和菓子、焼きもちを店内でいただけますお茶はセルフサービス
前回のつづきです。笑福亭松之助。相変わらずのバカボンネタ。「これでいいのだぁ~!」ポケットミュージカルス「バカ当たり」まだまだ若手の内場勝則と未知やすえ。阿吾寿朗・今日規汰代。大御所なんですが、出番の扱いが低かったですね。三人奴。いつも粋な舞台で爆笑はないですが、ホッとするひとときでした。東京から来演のマジックのナポレオンズ。相変わらず右のボナ植木はしゃべらずマジックだけをし、左のバルト小石はしゃべり専門(笑)次回
なんば・うめだ・京都の花月三館の、団体観劇案内のポスター。ポスターに掲載されているメンバー的に、昭和53年後半から昭和54年秋頃までと思われます。当時の芸人の格付けが分かる感じで、番付表みたいになってますね。やはり笑福亭仁鶴、桂三枝が大きく載っており、やすし・きよし、コメディ№1、Wヤング、チャンバラトリオが写真付きで大看板。意外に通常興行のポスターや出番ではトリの幸朗・幸子や、松竹から移籍したダイマル・ラケットは小文字。カウス・ボタンもチャントリより扱いが小さいです。逆にデビ
春休みのなんば花月ですが、漫才ブームでうめだ花月に若手の人気漫才師を集結させたため、看板さんは出てますが、やや地味な番組編成です。看板はやすし・きよし、チャンバラトリオ。「四次元落語」と題した企画で、桂文珍と東京から三遊亭円丈。若手噺家も「リレー落語」で桂文太、桂文喬、桂文福。ポケット・ミュージカルスは橋本収構成の「ハッピー八方」で、月亭八方が主演。こうして見ると演芸で漫才はやすきよだけで、噺家の出番が多いですね。しかも色モン女性芸人が皆無。吉本新喜劇は中村進作・演
春のなんば花月です。●上席春休みを含んだ興行なので、演芸・新喜劇共に豪華メンバーです。阪神・巨人とカウス・ボタンは今では同じ出番は全くありませんね。吉本新喜劇は木村進と間寛平の二枚看板で、算盤屋を舞台に、会社の借金騒動。●中席他の席に比べると若干寂しいメンバーですが、演目が豊富です。うめだの上席で新生Wヤングが誕生し、なんば花月に登場。吉本新喜劇は専科陣がドドーンと出演。アパートを舞台にした「子供は夫婦の宝物」と特プロで温泉旅館を舞台にした「浮気の代償」の二本が
地元の幼なじみグループ4人で2泊3日の関西の旅に出てきました2、3年に一回のこの恒例行事かれこれ20年になります私を含めて3人はウチも超ご近所で幼稚園からのおつきあいそのひとりがお寺の住職になり京都に誘ってくれたのが始まりでしたコロナ禍明けの久しぶりの今回は京都に加えて大阪の「なんば花月」へつらいことは笑って吹き飛ばすのが一番と父の葬儀で導師様を勤めてくれた幼なじみが企画してくれましたいいおっさん、おばさんになっても4人でいると童心に戻ちゃうこの日はハイキングウォ
ゴールデンウィークで始まる5月のなんば花月です。●上席さすがなんば花月!って感じの豪華メンバーですが、やすし・きよしと明石家さんまは5・6・7日限定出番。んで落語が一本もないですね。吉本新喜劇も豪華メンバー。ビル裏の屋台を舞台に木村進、間寛平、花紀京らが作業員で原哲男が屋台の主人。子役が大勢出た芝居で、TVタイトルは「親としての関係」。●中席コレはまた上席と比べると随分地味な出番編成ですね。京都花月かと思ってしまいそうです。小づえ・みどりがなんばで大文字で乗るぐらいですか
昭和61年の花月三館正月興行。例年に比べるとちょっと寂しい感じの番組編成です。新喜劇も専科陣の花紀京、岡八郎、平参平、桑原和男、船場太郎が出てないので、豪華さに欠けます。●なんば花月やすきよが出てないのでやっぱりちょっと寂しい感じと、のりお・よしおがカットになり、まだ若手だったダウンタウンが追加。桂三枝、明石家さんまが出てるのでなんとか豪華さを保ってます。しかし演芸はほぼ現役メンバーですね。盆・正月恒例の天津竜子舞踊劇団はうめだの中席にも出ますが、これが最後となります。木村
1985年4月から土曜お昼の朝日放送の名物番組「わいわいサタデー」の中で生放送でのなんば花月からの中継番組(10月からは単独の番組になり翌年3月終了)。駅を舞台に島田紳助を中心に繰り広げられるコメディ。新喜劇陣だけでなく色モンの出演者も多かったですね。内容はドタバタでバカバカしいお話がほとんどで、当時姉妹番組と言われた「さんまの駐在さん」とは全然雰囲気が違いました。中でも月亭八方は毎回スポーツ新聞を片手に登場し、劇中で阪神に関するフリートークをして帰るだけの楽な役(笑)そしてこの番
「さんまの駐在さん」のなんば花月公開録画のチラシ。1976(昭和51)年4月に桂三枝(現六代文枝)と林家小染で放送を開始。その後1981(昭和56)年4月からは主演を明石家さんまが務め、引き続き林家小染とのコンビでしたが、1984(昭和59)年1月31日に小染が交通事故で死去。あとを月亭八方が継ぎました。そして放送枠が13時45分からお昼の12時に移行し、番組名も「花の駐在さん」から「さんまの駐在さん」に変わり、1986(昭和61)年10月まで放送されました。このチラシは「さん
昭和60年1月24日になんば花月で行われた「林家小染を偲ぶ会」のチラシ。昭和59年1月31日に交通事故で死去した四代目林家小染。大酒のみが災いし、それが元で亡くなったのが残念でなりません。小染さんといえばもちろん噺家ですが、吉本は噺家や漫才師も芝居に出ることが多く、小染さんも「花の駐在さん」や「あっちこっち丁稚」の印象が強いですね。さてこの偲ぶ会はABCでも放送され、その際に舞台後方の小染さんの大きなパネルが異常に揺れたことも話題になりました。小染さんの人柄もあって、この会に
2月11日、寛平ちゃんのTwitterにこのようなことが書かれてました。2018年12月5日に室谷信雄さんが亡くなられていたんですね。寛平ちゃんにとって、室谷さんは先輩であり、座長時代のライバルであり、大親友でした。室谷さんが喉頭がんになって、新喜劇を退団してからは、メディアに出ることもなく、仲間との交際も断っていました。しかし2010年に「間寛平アースマラソン」の激励の為に、26年ぶりにテレビに出て来られ、号泣する寛平ちゃんが印象的でした。その後、ゴールの際や「紳助の行列のできる
こんにちは😄今回は関西人かつアラフィフより上の世代にしか分からない話になりますが😅💦旦那がこの曲を聴いていてもうめちゃくちゃ懐かしい気持ちになりました。今の新喜劇で有名な曲は②番のほうなんだけど、私が子どもの頃は①番の曲だったんですよ✨当時は(私が低学年の頃)(画像お借りしました)花紀京さんや岡八郎さんがメインで今の新喜劇のように明るい笑いばかりで構成されたストーリーではなくお金のない酒飲みの、人の良い自由人がおもしろおかしく周りと関わる人情味溢れるストーリーが
吉本新喜劇で活躍した元大阪市議の船場太郎(せんば・たろう)さんが27日、亡くなった。81歳。船場さんの芸能界入りは、和田弘とマヒナスターズのバンドボーイからで、その後劇団・笑いの王国や東京で漫才をしてたこともあったそう。昭和40年に吉本新喜劇に入団、最初は秋山たか志の組で桑原和男、坂田利夫、前田五郎らと若手で活躍。その後、昭和44年に岡八郎が座長になると、副座長に昇格。昭和47年岡八郎が専科に行くと、座長になります。その後は専科に行ったり、座長に復帰したりしながら、平成元年の「吉本新喜劇や
天才漫才師豪快人生の真実スペシャル6日に放送された日本テレビ系バラエティ番組『ザ!世界仰天ニュース』(毎週火曜21:00~)では、漫才師・横山やすしの伝説に迫る。西川きよしとのコンビ「やすしきよし」は、テンポの良い漫才で結成1年足らずで上方漫才新人賞を受賞。全盛期には漫才タイトルを総なめにした。その一方で、やすしは酒を飲んでテレビに出演、ボートで劇場まで道頓堀を移動するなど、はちゃめちゃな振る舞いで人々を驚かせた。さらに、テレビでの自由奔放な言動で番組を降板、飲酒運転で2年以上も謹慎