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高等教育否定組織にものみの塔日本支部調整者(事実上の代表者=公人)乳井健司は、昭和62年東大理学部広報によると化学科だったようです。昭和62年卒ですから、入学時は昭和58年つまり1983年です。組織はこの時期はとにかく体罰全盛時代でした。子供たちの叫び声がどの大会でも静寂を破って鳴り響いていたのです。大学進学をする人たちへの風当たりは大層厳しいものでした。ある方のブログによれば、乳井と同じ会衆だったそうでした。大学へ進んだ理由は、父親が非信者でその要望があったからだそうです。ただその
宗教2世として育った乳井健司はどうして東大へ進学したのだろう。くれぐれも言っておきますが私はたとえエホバの証人でも大学進学はするべきだという立場です。ですから2世の大学進学について問題視する気などさらさらありません。とはいえものみの塔出版物には、若い人に大学進学をあきらめさせる理由の中に「高校卒業をした後に、開拓奉仕をするつもりがあるならば、大学を卒業したという資格はいったい何の役に立つのだろうか。」というものがあります。一般的にはより良い仕事に就き、高給を得るために大学に進学
エホバの証人の公式サイトを見ると予想通り、アンソニーモリスⅢが統治体成員でなくなった「お知らせ」が消えていました。まあ「お知らせ」という「特別な副見出し」をつけていたのでこうなるとはわかっていましたが、その予想通り動くところがなんとも滑稽ですねえ。「クサいものには蓋をする」ものみの塔組織の体質がよく出ています。上場会社のプレスリリースなどは社長の交代などはそのまま掲載しています。ものみの塔の場合統治体成員は「油注がれた神の使い」という位置づけです。それは過去の聖書中の人物
8月6日は広島にとって世界にとって特別な日です。とはいえ今でも差別的な考えとか理解しようとしない人もたくさんいると思います。私も外国に行った時に知人に料理を振る舞ったのですが「放射能がうつる」と冗談混じりに言われたことがあります。しかもJWから言われました。とても残念に感じたのを覚えています。私が会った外国人で広島を知らない人はいませんでした。とはいえその惨事を、人の苦しみを理解できてる人は少ないかもしれません。知る機会が無いので仕方ありませんね。対して広島人は幼い頃から平和学習を通して