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1960年に日本レコード大賞が制定された。それで日本歌謡界が直ぐに変わったというわけではないが、その年が一つの転換点となったのは確かなことだ。レコード大賞の第一回のグランプリは、水原弘が「黒い花びら」で獲得した。その何が画期的だったかと言うと...作詞が永六輔、作曲が中村八大で、ともに20代の若手だった。つまり、世代交代が始まったわけだ。もう一つが、その2年前(1958年)から始まった日劇ウエスタンカーニバルの影響力だった。いわゆるロカビリー・ブームだ。水原弘は、ロカビリ
McIntoshMC240ステレオパワーアンプ1960年アメリカ合衆国¥―――至福の境地―――繊細で瑞々しく麗しい美音は至福の境地へと(いざな)誘う。軟らかくまろやかな聴き味で、輝きがある煌びやかな華やかさ、やさしい癒しの響きが心に沁みる。アコースティックギターの弦は夢のように美しい余韻と甘美な音色で艶やかに語りかける。パーカッションの残響が透明度の高い空間に倍音豊かに肌理こまかく再現される。音の芯のよくほぐれたハーモニック
----------------------CachitoカチートNatKingColeナット・キング・コール1959年----------------------我が息子を持った幸せを歌った曲で「カチート」とは「坊や」を意味するスペイン語らしいのですが、ネットを検索しても納得行く説明には辿り着けませんでした。この曲は1959年にメキシコの女性シンガー・ソングライターが書いたもので、歯切れの良いラテン・リズムが印象的です。日本では1960年にヒットしたそうですが、
------------------------IlcieloinunastanzaMinaMazzini1960年------------------------「部屋の中の空」あなたがここにいてくれるならこの部屋に壁がなくなってどこまでも続く木立…あなたが私のそばにいるときすみれ色の天井はなくなり私たちの上に空が見えるこんな風にすっかり委ねきっている私たちの上にもう何もかもなくなっているなにか、詞というよ
60年前の1960年1月、出来立ての小倉城からの風景私を連れて行っていたみたい。私でもわかりやすい。小倉市役所、小倉図書館遥かに鉄塔と鉄塔の間長い長い電線?があるのですが、あれは長波のアンテナ?(注:送電線!?)弛んでいるから違うのかな?参考①小倉市役所の今昔現在1999年(平成11年)小倉北区役所新庁舎完成(室町から大手町に移転)1972年(昭和47年)北九州市役所が小倉城東隣に開庁1970年1963年(昭和38年)北九州市発足1963年1952年焼失、195