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今年の誕生日、緊急事態宣言も明けたので、夫が個室の和食のお店を予約してくれました。その席にいつものお花のアレンジメントが届けられ、私の隣に置かれました。義母の手紙の封筒が見えます。なるべく視界に入れないようにしました。『誕生日に届く花束と足かせ』こちらはリアルタイムのお話です。義実家との分離型二世帯住宅に住むようになってから、私の誕生日に近所の花屋さんから花束が届くようになりました。義母からのお誕生日…ameblo.jp忙しい息子とゆっくり話せるのは、アルコールの入ったこの席くらいで
年明け間もなくして要介護2の認定が下りた。だが認定員が調査に来た時から母の状態はかなり悪化しており要介護2ではないことは明らかだ。ケアマネさんよりすぐに区分変更申請しますとの連絡をいただいた。1/12に再度認定員が調査に来ることになった。介護生活約1か月でなんとなく1日の流れの用なものができてきた。ここでは書かないが、今後のことで心配事が複数ありそれをひとつひとつ解決していかなければならない。1日の流れが出来てきたので介護の合間に手続きなどを妹と進めていく。妹は本業もあるのに大変だ
娘の身なりを整えて、帰り支度を終えました。後は娘と一緒に帰宅するだけです。もう辺りは真っ暗です。お会計は後日、請求書を送ってくれるとのことなので、このまま帰ります。娘を連れてどうやって帰れば良いのだろう、、、業者の方が丁寧に今後の流れを教えてくださいました。とても驚いたのですが、赤ちゃんが亡くなった場合は、親がそのまま抱っこして家に連れて帰るそうです。初めて知りました。落とさないように、傷をつけないように、、大事に大事に運びます。病棟のスタッフの方々がお見送りをしてく
1か月前に要介護2と認定された母は、再調査にて要介護5になった。私のかかりつけ医で「要介護5の母を自宅介護している」という話をするとすごく驚かれた。「それはさぞかし大変でしょう。無理はしないで。」と労いの言葉をいただいた。確かに慣れない下の世話は大変だし、常に誰かが近くで見守っていないといけないので時間を拘束される。ただ、家族で協力もできているしケアマネさんのおかげで介護サービスもしっかり受けている。寝たきりのため徘徊の恐れもない。うちよりもっともっと大変な介護生活をしている方はたくさん
2023/4/22母、93歳で亡くなりました。久々に登場のZUBA姉さんです。本日6/9母の四十九日を自宅で行いました。母の葬儀の時のお寺さんに頼みました。父の時はあまりわからず、お寺でしましたが。今回は母が亡くなる3日前に『帰りたい』と、言っていた自宅。母がいた部屋で法要を行いました。あれだけ、介護を恨み、ポータブルトイレで悩まされ臭い臭い自宅で、泣きながらポータブルトイレを洗っていた日々。カード無い、通帳無い、お前が盗ったやろ!と、怒鳴られ警察まで呼ん
昨日の続きです、、、『看護師が実父を介護した結果』介護の問題。。。多くの人が直面することだと思う。少し前には祖父母介護問題で、自分の両親は四苦八苦してた。そのうち、両親の介護の必要性もでてくる。そして、その次…ameblo.jp普段施設に入ってる、義父の一泊外泊の準備が大変!介護タクシーの手配、介護ベットレンタルの手配、吸引器の手配、ご飯の手配、、、、たった一泊なのに、めちゃくちゃ大変。吸引器の取り扱いは、看護師の妻は慣れている。もちろん、下のお世話も!だからこそ、外泊許
2月11日に肺炎で救急搬送され、入院が続いていた義父ようやく退院して、リハビリ病院に転院しましたお世話になった、この景色ともお別れ初めての介護タクシーで車椅子ごと運ばれていきました新しい病院は私立の新しい(建て替わった)病院なので、きもちよい義父も、環境が変わって気持ちも新たに、なのか表情も明るく、声にも張りがありました早速だされた昼食もたくさん食べてましたはやくミキサー食から進展するといいねそれにしても、病院って時間かかりますね9時に病室に来てと言われ、片付け、支払い、移動
ここのところおばーさんはすこぶる順調。今日なんかは天気も良かったので衣替えしたり、冬物を洗濯したりと用事も多いのですが、やはり気候が良くなってくると体も動きますね。最近は製作に励んでいました。マルシェの少ない今のうちにせっせと作っておこうといくつか作ったんですが。久しぶりの製作、頭が回らなくて時間がかかるー(´-ω-)なんだか可愛いものたちが出来上がりました。今年の兜さんもようやく飾れました。このミニ兜さん、あまりにも雑に作ってしまい、どないしよかなと思ってたんですが、もう一
午前10時過ぎまで横になり、朝兼昼ごはんにトーストを焼き皆で食べる。午後、葬儀屋との打ち合わせ。葬儀は前々から家族葬にすると決めていた。やはりとても火葬場が混んでおり予約ができたのが5日後の3月8日になった。葬儀屋との打ち合わせが終わってから何をしていたのかあまり覚えていない。ただ何度も「終わったんだなぁ」と思ったことは覚えている。夜は3人前のお寿司をとって献杯した。明日、私と妹は一旦自宅に帰る事にする。父も一人にならないと思い切り泣けないだろうし。実家のすぐ近くには散歩に丁
ゴールデンウィーク、お天気もよく気持ちのいい毎日ですね!5月3日~4日で宝塚に行ってきました実は娘ちゃんが、宝塚歌劇団の大ファンなんです親友ちゃんが宝塚歌劇団に入団してるのもあり、家族で宝塚推しです今回観たのは、お友達出演の組ではなく、娘がファンクラブで当選したチケットしかも、2日連続で当てた幸運の持ち主しかも、3日はSS席!(1枚)わたしは4日B席(2枚)で観ましたわたしの母は宝塚の近くに住んでいるので、ついでに会えてなにかと都合よく母と半年ぶりに会い、一緒に夕飯を食べました
同じ敷地内の別棟に住んでいる義母いまは義父が入院しているので、一人暮らしの状態ですなんていうか意欲がないやりたいことも、行きたいところも、食べたいものも、無いもともとの性格も、家で洋裁したりしてるのが好きで、人と会うのは苦手誰かがセッティングしてくれたお出掛けに誘われていくことはあっても、自分で考えて動くタイプじゃなく、たぶんもともと依存型(わたしが知ってるのは、ここ23年くらいなので若い頃は違ったのかもしれないけど)そんな義母の日常は朝7時~8時くらいに起きてきて、雨戸を開け
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両親が認知症になりました・・・母は肺癌が見つかりました私の介護の記録用ブログです認知症見守り9年目2021年11月から平日泊り込み介護開始しましたそして22年8月末からは母の看取り・・・在宅介護が始まりました!そして2022年9月中旬に旅立ちましたその後介護後の鬱状態(仕事だけは継続していましたが生きる気力を失っていいた)グリーフケア外来通院その後少しずつ回復しています父は現在小規模多機能施設を利用中*************義母は認知症とまではいかないです
現在母は特養に入所していますが、数年間は自宅で過ごしていました。詳しくは以前の記事に。『母は認知症』看護学校入学後の話はおいおい書くとして、今回は介護のお話。私はシングルマザーなので実家にガッツリお世話になりながら看護師になりました。そんな生活を支えてくれて…ameblo.jp仕事で認知症の方と接するのと、家族が認知症になって接するのとでは大違い。わかっていてもずーーーっと「まだご飯食べてない」を繰り返し聞くのは苦行のようなもの。同じ返事を繰り返して納得してくれるならまだしも、怒り出す
両親が認知症になりました・・・母は肺癌が見つかりました私の介護の記録用ブログです認知症見守り9年目2021年11月から平日泊り込み介護開始しましたそして22年8月末からは母の看取り・・・在宅介護が始まりました!そして2022年9月中旬に旅立ちましたその後介護後の鬱状態(仕事だけは継続していましたが生きる気力を失っていいた)グリーフケア外来通院その後少しずつ回復しています父は現在小規模多機能施設を利用中*************義母の自宅介護のためケアマネさ
訪問ありがとうございます。心温かな訪問介護ヘルパーさん達のおかげで母の完全自宅介護が実現して1年半。このまま自宅で最期を迎えられたらと思っていた矢先、私の乳がん発覚で、自分の治療と母の介護との両立のなか、2023年11月に母が旅立ちました。その後の記録を詳細に綴ります。*************************************葬儀を終えた2日後、葬儀社の葬儀アドバイザーという方が、葬儀の請求書を持って家に来られました。「お支払いは振込手数料を引いた
また排便の話です。苦手な方はご注意ください。私が自宅に戻っていた週末、妹よりLINEが。「あけるたびウンチ」おむつを開けるたびにパッドに便がついていて、トイレットペーパーでお尻をふきとらないとならないそう。週末は金曜日にヘルパーさんが来るだけで土曜、日曜とサービスがなにも来ないので家族でなんとかするしかない。恐らく出口付近に便が下りてきてたまっているのだろう。自力で出すことが出来ないので少しづつ漏れ出てしまうのかもしれない。次に訪看さんが来るのが火曜日なのでそれまでどうす
母をどうにか特養に入所させて半年が過ぎました。180日間のショートステイを終えて、9月に正式に入所手続きを終えました。9月には運良く2人部屋から個室に変わることができました。入所してからずっと個室でないことを不満にしていたので、これについてはひと安心。入所してから2,3か月後には歩くことをやめ、完全に車椅子の移動になりました。手を取ってあげれば10メートルは歩行できていたのですが、本人いわく「足が痛い」とのこと。リウマチで足の両指は脱臼している状態なので痛いはず。バリアフリーで
子供の健やかな成長を願うのなら自分が思いっきりやりたいことをやりましょう!!!河原や公園で大きな声で歌を歌ったり公園で天使の格好で遊んだり自分がやりたいなと思うことをやれる今がとっても楽しいです以前は「そんなことして恥ずかしいと思わないの?」という周りからの言葉にこれは”恥ずかしいこと”なんだと、周りに自分を合わせてしまいやりたいことをやらない選択をしてきたのだけれどそんな選択をしていた人生はまあまあなありふれた毎
中絶は殺人。殺人を犯したくない。なんの罪もない命を罪だらけの私が殺すのか、、、産んだらかわいいだろうし一生懸命育てるだろう。私と夫が生きていて、可能な限り。働いていた施設でダウン症の入居者がいた。施設入居するまでは高齢の母親が自宅介護していたが自宅介護困難になり施設入居となった。入居してしばらくは母親が恋しくて毎日泣いていた。認知症の進行も早く数年で寝たきり車椅子になった。高齢の母親も施設入居し、面会には来れなくなった。50代で入居して60代前半で亡くなられた。体はふ
火曜日見てきましたーヾ(〃∇〃)ツ月組公演『EternalVoice消え残る想い』『GrandeTAKARAZUKA110!』よく分からへんかった…:(•ㅿ•`):笑うところさえ分からへんかった。正塚先生…昔から私とは相性悪いかも。ショーはね、すごく良かったです。退団のトップコンビをみんなで送る場面あり、退団者フューチャーの銀橋あり。堅実な月組らしく、堅実なショーでした。ご贔屓のまのんちゃんも近くで見れて、客席おりもあみちゃんを目の前で見れて眼福でした。初舞台生
自宅介護が始まってからはて介護施設っておいくらなのかしら?と調べてみた日本のように入所金?はないもののフロリダで一番安くてひと月7000ドルシュートメさまのように身の回りが一人では何も出来ない場合軽く1万ドルを超える家や土地を所有している場合この料金全て実費となりそうじゃない場合料金の全てを政府で援助になると聞いたそこで我々はシュートメさまの家と土地を生前贈与と言う形にしようと思ったのだが
整骨院でメンテした後ランチを食べる整骨院でも無理をしないでねと何度も心配される先生に手の状態も見てもらいここ腫れてるからあまり無理しないで欲しいと、言われてどうしても手は一回壊れますね昔はそうだったけど綺麗な手が腫れてるのは見てて辛いなぁえ、そんなに腫れてるんですか?帰り際にお姉さんから気をつけてね、無理しないで来れる時にすぐ来てね優しく言ってくれたのに気遣いをしてくれることに申し訳なさを感じてしまうわたし、色んな人から心配されるんですよね(やり
再度、介護認定調査員が来て母と面談した。調査員が型どおりの質問をしていくが前回とは全く違い母は何も答えられない。声をかけられると調査員の顔を見ているので聞いてはいるようだが、しばらくすると目をつぶってしまう。前回調査員が来た時は椅子に座り、質問に正確には答えられなかったが意思疎通は出来ていたし体も動かせた。あれから数か月経っているように感じるがたった1か月しか経っていないことに改めて驚いた。母が何も答えられないので家族へ状況の質問があり調査は終了。ケアマネさんから暫定で要介護4のケアプ
食べず、話さなくなってから、2日目結婚してからほぼ毎年作っていた、夫の大好きなティラミス。その年も、夫が夜勤の日にこっそりサプライズで作っていましただけど、結局1口も口にしませんでしたそれどころか、この日以来、まるで食べる意欲を失ったかのように何も飲まず食べようともしなくなりました。さすがにそれでは身体に悪いので、スポーツ飲料や飲むゼリーなどを無理やり口へ持っていき、なんとか1〜3口ほど摂取できる、、というような状況でした。ただ、こたつでぼー
両親が認知症になりました・・・母は肺癌が見つかりました私の介護の記録用ブログです認知症見守り9年目2021年11月から平日泊り込み介護開始しましたそして22年8月末からは母の看取り・・・在宅介護が始まりました!そして2022年9月中旬に旅立ちましたその後介護後の鬱状態(仕事だけは継続していましたが生きる気力を失っていいた)グリーフケア外来通院その後少しずつ回復しています父は現在小規模多機能施設を利用中*************心療内科心理カウンセリングそ
介護の問題。。。多くの人が直面することだと思う。少し前には祖父母介護問題で、自分の両親は四苦八苦してた。そのうち、両親の介護の必要性もでてくる。そして、その次は自分自身が当事者となる。。。健康とある程度のお金を今から準備しとかなきゃ。超高齢化社会の到来。この先の日本はどうなるのか?自分のことは自分でやらなきゃだな。国には頼れないだろうな…んで、本題、、、自分の妻は看護師。中堅看護師になってから、大学院に通って専門看護師になった。専門は老人看護。カッコ良く言う
先日の仕事の研修で生き方美人と老後のあり方の学びをしそのなかで、認知症に近づいてる人はこんな人、という話がありました・出かけるのがおっくう・何事にも、めんどくさいと思う・家の中が汚い、だらしない・人と会うのがイヤだ、・お洒落はめんどくさい・清潔感に無頓着・ひきこもりああ、全てに当てはまる義母この傾向がすこし出てきたときに、引き戻せてあげられればよかったなぁでも、認知症なりかけの頃って、とても頑固で、自分では認めないから難しいですよね穏やかなお見舞い風景に見えるけど同じ
「介護をしていて、何が1番辛かったのか?」と、問われるとなんて答えますか?一般的には、トイレ介助、お風呂の介助ですが、義母の場合、それはなかった。トイレは、1人で行けるしオムツもしていない。たまに、便失禁はあるけど、殆どない。お風呂は、デイサービスで入ってくる。お金の無心もないし、「通帳がない」と騒ぐ事もない。食べ物も、出されたものを「美味しい」と殆ど完食。あれ食べたいこれ食べたいと、一切言わない。こちらから、「何か食べたいものがある?」と聞いても、「何でもいい」と答える。そして
母はまた1日のほとんどを寝ているようになった。時々、うっすら目を開けるが焦点が合っていない。過去2回の昏迷状態は3日ほど過ぎたあたりから少しずつ回復したが今回は3日以上が経った。訪看さんに体の状態をみてもらうと若干酸素濃度が低いものの血圧や胸の音などは正常とのこと。栄養が取れなくなると一気に褥瘡ができやすくなるとのことで自動で体位変換ができるマットレスを勧められた。ただ、まだ母は右腕の痛みが治っておらず自動で体位変換されると痛がるかもしれない。なのでクッションを背に入れて体の向きを右