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今日の夕方漫才コンビ「今いくよ・くるよ」さんのくるよさんが膵臓がんで亡くなったというニュースを見ました「膵臓がん」と聞くとどうしても敏感になります…私の母は膵臓がんで亡くなりました母が罹患するまでは癌とは無縁でしたので告知されても膵臓がんって何?ステージって何?という感じです母が膵臓がんと分かった時医師から告知されたのは私一人にだけでした母が検査を怖がるので私は会社を休んで付き添いました検査だけで付き添い?と思うかもしれませんが母はとても心配症で怖がりだったので
あけましておめでとうございます今年は素敵な一年になりますようにどんな1年にしたい?「前進あるのみ」年末から実家へ帰り妹旦那が熱発↓コロナ陽性↓クソ親父へ感染↓姪っ子へ感染恐るべし集団感染抗原検査陰性確認して自宅へ帰って来ましたー✨Wi-Fi下サイコー👍旦那と8日振りに会いました。1月1日旦那のおばあちゃんが旅立ちました最後にコロナのせいで会うことができなかった色々、色々あったけど。最後くらいは会いたかったな。3年会ってなかったもんね…2023年今年
動物の心臓や呼吸が止まると肉体的には死と言う状態になるけど魂はしばらくそこにいる。だんだん肉体から魂が抜けていき旅立って逝く。医学的には魂が抜けていくとだんだん死後硬直が起こって体が冷たくなり肉体だけになる。肉体から魂が抜けて行く時にぼくら飼主は動物の魂を受け取り生きる糧へとつなげていく。
天門近くの小高い丘の上。高麗と元との国境を見守り続けた大木に、背凭れ、空を見上げる武将が一人。その瞳は、漆黒の黒少し、癖のある黒髪が風になびく。端正な面持ちに、少しの髭が、国境を護る事の厳しさを感じさせた。武将の名は、雷攻を操り、高麗の鬼神・護り神とも噂される高麗軍大護軍、チェ・ヨン。チェ・ヨンは、大木の下、誰かを待ち続けていた。4年前・・・高麗に舞い降りた医仙を徳成府院君キ・チョルの手から救いだし医仙が、心おきなく高麗で、チェ・ヨンと共に過ごしていくため
『漸く・・・お帰りになったのですね・・・』ヨンは、懐かしい香りに振り返り、その漆黒の瞳に飛び込んできた愛しい女人をまっすぐに捕らえると、静かに呟く。そして、ゆっくりと、女人へと歩み寄る。丘の上にそよぐ、穏やかな風が二人の周りを通り過ぎていく・・・その瞬間、ヨンの腕の中に、4年間待ち焦がれた愛しい女人が飛び込んできた。「ヨン!!」『医仙!!』ヨンは、飛び込んできた女人を確りとその篤い胸に抱き留めると暫くの間、互いの温もりを確かめ合った。「ヨン・・・やっと・・・やっと
昨日、帰宅したらポストにお手紙が差出人を見たら私が大好きな知人4月に忠霊塔へ行った時、素敵な絵はがきを貰ったから、知人にそのハガキで近況を書いて出していててっきりそのお返事かと思って開けてみたら・・・差出人は知人の名前なのにお手紙は娘さんから・・・今年に入り体調を崩し何軒かの病院を受信し、『原発不明・小細胞癌』と診断され、手術も抗がん剤治療も出来ない状態のまま自宅で無くなったと。。。去年、一緒にランチをし
2020年3月4日(水)0655[2019年12月4日(水)の再放送]みいつけた![2月12日(水)の再放送]おかあさんといっしょパッコロリンいないいないばあっ!オトッペポチっと発明ピカちんキットおじゃる丸(再)忍たま乱太郎(再)2355[2019年12月4日(水)の再放送]📝ようやく気付いたんですが(遅)、0655と2355は2019年12月第一週の再放送ですね。2355はトビーだけ差し替えられてますが、他は同じ〈Eテレ〉📺️0655[2019年12月4日(水
こんにちは杏桃太です今日は曇天からの小雨となりました少しだけ肌寒さも感じていますが皆さんの所は如何でしょうか介護されている方たちお疲れ様ですお体に気を付けて安全な介護をして下さいね介護ケアを頑張って受けている方たちこんにちは今日も安全安心な介護になりますように毎日あっという間に流れるように過ぎ去り親が居なくて寂しいのは違いないのですが色々やることが沢山あるものなんですね・・・先日親が亡くなった数日後に御近所のかたが亡くなりました杏桃太も知って
《2023年9月》萌萌(もんもん)くんこと(元こた)が12歳8ヶ月の兎生を全うし天国に旅立ったとご連絡をいただきました。亡くなるほんの数時間前の動画を見せてもらった時は、まさかと思うくらいしっかりした風でしたが家族に見守れながらの旅立ちでした。萌萌くんは「もうすぐ4歳」という頃に保護されました。歯が伸びており、食べられない期間も長く身体は痩せこけ、あと1日でも遅かったら死んでいたと言われるほど衰弱死寸前でした。元飼い主は人間のお子さんが生まれたあと、萌萌くんをベランダに追いやりその
ぼくら飼主は動物の旅立ちを看取りたいと思ってる。「抱っこしながら腕の中で旅立ってほしい」「撫でながら安らかに旅立ってほしい」と思ってる。動物がぼくら飼主が寝てる間や仕事に行ってる間に旅立ったりすると「寂しい思いをさせてしまった」「ひとりで旅立たせてしまった」と
ありがとうきっと未知の世界だけど素敵なところだと思うよまたいつか会おうね74歳突然だったようですが苦しくなかったかな?入院した次の日に亡くなった3月1日きっと忘れないよ母さんが、私の手術もあるしって悩んだんだけど、行ってくるね!って。当たり前ですよ!私とはまた会えますから!私達の分までよろしくお伝え下さい。また会えるよね?またねー。いつか会おうね。いつかもまたねも今度からもっと心を込めて言おうと思います。子供達の喧嘩に腹が立って私からの遺言を
ヨンは、チュンソクに、迂達赤達の配置の変更を言い渡す。『天門が開いたと噂にならぬようくれぐれも気をつけろ。とくに・・・』ヨンの脳裏に、苦々しい記憶が蘇る。「大護軍・・・」チュンソクは、ヨンの胸の内に過る4年前の記憶に気付く。『とにかく、気を抜くな。今まで以上に・・・な。』ヨンは、迂達赤達に全幅の信頼を置いていた。しかし、天門の噂が、高麗だけでなく、元にまで届く事だけはどうしても避けたかった。「はっ!大護軍!!」チュンソクは、右の拳を旨にあて力強く答えた。ヨ
ヨンはウンスの手をひき大木の根元へと歩いていく。そしてウンスと二人、丘の上の大木の根に肩を寄せ合いながら暫くの間腰かける。ヨンは、ウンスを二度と離すまいとウンスの肩に手を回す。ウンスは、ヨンの肩にそっとその頭を寄せながらポツリポツリと言葉を繋いだ。「ヨン・・・私ね・・・今から、100年前の高麗にいたの・・・」『100年・・・前・・・?』ヨンは、ウンスの言葉に、反応するかのように、懐の中から、あるものを取り出す。『貴女は・・・100年前の高麗からこれ・・
あれから生活がガラッと変化してしまいました。前日は、朝晩の散歩でテンション上がって走りまわってたのに。7月23日。急に後ろ足に力が入らなくなった。黒さんの生活が一変した日。8月初旬。ステロイドも効いて、ヨタつきながらも歩けるまでに回復したので、ショート散歩してました。まさか、こんな事になるとはね。。。15日の23時頃から急変。てんかんの薬が全く効かず、呼吸もおかしい事になり、夜間救急までの距離は約1時間。とにかく助かってほしい気持ちで車を走らせました。病院に電話をした
こんばんは大変ご無沙汰しております皆さまお変わりございませんか?ブログの書き方を忘れるぐらい久し振りの投稿です月に一度は投稿しようと思っていたのですが夏の終わり頃から気を揉むことが続きブログから遠ざかっておりましたこちらのブログで仲良くなりリアルでも会ったことのあるブロ友さん12月に旅立つまでの間毎日ラインで話をしボイスメッセージを送り合いホスピスに入ってからは2度会いに行き旅立つ前日までラインのビデオ通話で顔を見ながら話をしました長い長い闘病生活いつも明る
7/15(月)死亡日の翌日。訪問看護師さんや往診してくれていた病院に連絡をした。祝日にもかかわらず、訪問看護師さんはすぐにかけつけてくれて、しかもUの写真やお花などを持ってきてくれた。夕方4時、納棺師さんが棺を持ってきた。病院でもしたけれど、改めてお化粧をしてくれた。耳がうっ血して赤黒くなっていたので、もとの肌の色に近づくように塗ってくれた。棺に入れる前に、「抱っこするなら今が最後のチャンスです」と言われ、Uを抱き上げたが、あまりの冷たさに直に触ることができず、掛け物でくるんだ状
4年の時の流れを経て再会を果たしたヨンとウンス。離れていた時を取り戻すかのように二人は、互いの存在を確かめ合う。いつしか、二人を暖かく包み込んでいた丘の上の陽ざしが、西に傾き始めていた。ヨンはウンスの手を取りながらゆっくりと立ち上がる。「ヨン・・・?」『このままでは、日が暮れてしまいます。そろそろ、場所を変えましょう。』ヨンは、指笛を鳴らし、草を食みながら、身体を休ませていたチュホンを呼び寄せる。「場所を変える・・・?もしかして、迂達赤の兵舎・・・?」ウンスは、
今年(2022年)4月21日、自宅で看取るため母は帰ってきた。脳梗塞で会話はできなかったが、家に着くとキョロキョロと周囲を見回して安堵したような表情を浮かべていた。「お袋。帰って来たよ。」私がそう言うと微かに頷いたように見えた。母のケアマネージャーのお陰で、看取りのための医師と看護師、いつでも駆けつけてくれる介護士までつけてもらい万全の受け入れ態勢を整えた。病気持ちの私と高齢の父親の二人での自宅看取り。介護力0に近い状態だったため、手厚い受け入れ態勢をつくってもらったのだった。
今年の春ハムスターのクロが天国に旅立ちましたエサを食べなくなって弱ってきたクロになんで食べてくれないのと悲しんでた娘少しはその気持ちわかったかな?クロは食べなくなって一週間で亡くなってしまったヒマワリの種と一緒にお墓に埋めたそして最近我が家に生まれて1ヶ月のヨチヨチハムスターがやってきましたちっちゃいけどとても元気でよく食べよく遊ぶ娘はそんなハムスターを見てハムスターになりたいと言う食べたいときに食べて遊びたいときに遊んで寝たいときに寝る一生ゲージ
令和5年度鳴尾東ビクターズ卒団式🎊先日3月23日に令和5年度の卒団式が行われました今年度の卒団生は12人最後まで生意気な奴らでしたが、本当に素晴らしい選手達でした前年度の6年生が2人だった事もあり、今年の6年生は2年間共に過ごしてきただけに、感慨深いものがありましたね最後まで母達は大忙しまぁ、これで最後と思えばね・・いっぱいの卒団記念品優勝旗もズラリと並び、君達の成し遂げてきた事がいかに凄いか改めて実感しましたねそして、いよいよ卒団式がスタート各卒団生
おはようございます🙌♥️凛子です🙋✨寒いですね…とうとう私はこたつを出しました…ファンヒーターだけじゃ間に合いませんね(灯油高かったなー)みなさん体調いかがですか?私は毎日、息を吸って吐いて生きております😁♥️←なんの報告旦那が最近プリンを買ってきてくれました😍えーー!ありがとう😭♥️って言ったら詠葉のだと言われました😂今、旦那から詠葉への愛がよく見えて…実体はいないけどそこにいるかのようで😁♥️私も嬉しい😁✨今日は、詠葉が旅立つ前日10月7日の詠葉
7月は心菜の脳腫瘍が発覚して緊急入院した月。そして、その1年後、旅立ったのも7月でした。だから毎年7月は気持ちがザワザワします。脳腫瘍発覚から4年旅立ちから3年年数は重ねていますがやっぱりザワザワします。今月に入り涙をながすタイミングが多くなりました。気がつくと涙がでています。普段はケラケラと普通に過ごしているんですけどね。まず迎える21日。脳腫瘍が発覚した日。この日は予定が入りました。ただの予定ではない。心菜が繋げてくれたご縁の用事。あ
〜波瀾万丈な人生に終止符を〜大塚まりりんです❤︎今日もブログを読んでくださり、本当にありがとうございます✨🙏✨1ヶ月前の7月28日の侑來の心臓は元気に動いていて脳以外の機能は安定していました。この写真が生前最後の写真です。いつも読み聞かせていた絵本『さわらせて』『たっくん、ちょっとさわらせて〜❤︎』って言いながら侑來の手や足やおでこやほっぺを触ってた。もう触れないんだ。辛い、寂しい、苦しい。また触らせてよ〜たっくん。翌朝の7月29日に侑來は安らかに天国へ旅立ちました。
冷蔵庫を片付けないと。でっかいキャベツが半玉残ってたので発色剤の入ってないウインナー買ってきて鍋に半玉全部とお野菜入れてポトフにしたよ~煮込みすぎて緑が薄くなってるけど🤣ちまちま準備してた荷物やっと荷造り完成まだ荷物あるけど写真に入り切らなかった💦旅立ってきます(。・ω・)ノ゙
5/15日にティモンくん🐶旅立ちました🌈我が家に来て3年近く次のご縁には繋げる事出来なかったけど出会えて色々学ばさしてくれた最後は眠るように息を引き取りました
動物が終末期になると「うちの子は後どのくらいですか?」と余命を聞かれることがある。余命をお答えするとき、ぼくは「この病気の何か月の生存率は何パーセントです」って西洋医学的なデータを話したり獣医としての今までの経験と勘を元に「このぐらいじゃないでしょうか」と答えたり「半年
こんにちは、さくらです🌸初めて私が癌になって、アメブロでコメントいただけて、そこからいつも励まし合っていたspadeさんが旅立たれたと他のブロ友さんから聞き、あまりのショックに一晩ずっと考えていました。。急激に体調が悪化していたけどspadeさんはずっと前向きで力強い方でした。だから、絶対乗り越えてお家に帰れると思っていました。。。私が同じガンサバイバーの方の旅立ちをブログに書くのは初めてになります。spadeさんの最後のブログにコメントを書きそびれてしまい、その事をとても後悔していま
先月、我が家で越冬した揚羽蝶が羽化しました。今年初の羽化♡ちょうど玄関に飾ってあった小手毬につかまり、羽を乾かしていました。この前日、ブロ友蝶仲間の3Yさんの揚羽蝶も羽化したそうで、『うかかいか2024』今回はナミアゲハの越冬サナギチームのご紹介です越冬した子ちはみんなで7匹今年は冷蔵庫から出すのが少し遅れそろそろ出す頃かな〜と意外とのんびりしていた、わたし写…ameblo.jpなんだか繋がりを感じ、いつもの何倍も羽化が嬉しい🤍小手毬ごと庭に出して、揚羽蝶を空に飛びたたせ
今朝、届いたメッセージを確認するためInstagramを開いたら、フォトジェニックなマリモちゃんの写真がpostされていたので、「あぁ、今日マリモちゃんのお誕生日だ!」と記事に目を移して、「…え?」と。そこにはこう書いてあったから。5月28日、今日でマリモは14歳になるはずでした。えぇ…マリモちゃん…(涙)(2016年撮影)まだパピーだったマリモちゃんに会ったのは2010年に開催されたサザオフ。『【サザオフ2010】へ♪』今日はみんなでちょっと遠出。【サ
共に頑張ってきたリア友のSさんが先週旅立ちました。Sさんは優しくてとても素敵な方大好きでした。2年前の女子会、ブログに書いていますが『がんサバイバー女子会』今日は念願のがんサバイバー女子会が実現できました♫同じ乳がんを9年前に克服した友人A子と、今も闘病中の癒し系マダムSさん、Sさんも私に負けないくらい天然な方で…ameblo.jpこの頃から、闘病仲間のご縁で親しくさせて貰っていました💕Sさんは、ここ数年で続々お孫さんが誕生して若いお婆ちゃんに。「あの子達は私に会うために、急