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8週目の検診の日、6週7週と順調だった心拍が聞こえない…この日赤ちゃんが心拍停止していた事を伝えられました私は何が何だかんだ分からず、先生に「又復活する事はないですよね…?」なんて質問をしてしまいました先生も辛そうな顔をしながら、「ないと思います…」とちゃんと内診で見れてなかったのかなぁとかなんとか大丈夫な方向へ頭が動いてしまいますでもダメだと分かったら早く次にという思いもあったので、先生から自然排出か手術でとるか聞かれて、手術が3日後に出来るという事で手術をお願いしました症状は
※自然流産についての体験を書きます!グロい表現もあるかと思いますので苦手な方はご遠慮下さい※同じような経験を今後される方の参考になりますように流産なんて経験してほしくないですが…パート2からの続きです。お風呂から出て、ひとしきり母と話しました!母の妊娠時代の話いとこの流産した時の話さっきの浴室での出来事などです!母の時代は流産といえば掻き出すしかなかったようで、妊娠しづらくなるイメージだったそうです。今は全然違うねーと驚いていました!あと驚いたのは意外と父の方
5/15(水)やはりまだお腹に赤ちゃんがいると思うと、育ててあげられなくてごめんねという気持ちや、もっと一緒に居たかったとか、1ヶ月半くらいだったけど来てくれてありがとうとか、色んな気持ちが交差して、相変わらず涙が溢れます。出発前、旦那と子供もお腹に触れて話しかけて見送ってくれました(旦那は送迎係で病院まで一緒だけど)。子供は丁度寝てしまって、寝てるのに手を添えさせた😂私と一晩離れるのも初めてだし、寂しいお別れだから、お昼寝してくれてある意味いいタイミングだったかな。14時までに来院す
2022年7月※胎嚢・心拍確認後前回の診察の前日に茶色のおりものくらいの出血があったが、そこからダラダラ出血っぽいものは続いていた。血というより、おりものシートにベージュのシミが付く感じ。日によって多い日、少ない日とあったが、毎日続いている。ルティナスの影響と言われたので気にしないようにはしていたつもりだが、何だか落ち着かない。そして前回から1週間後の8週の診察の日、この日の朝はベージュではなくピンクっぽいおりものが出ていた。この日は採血があり、結果によってはルティナス膣剤とエ
私自身に起きた、死産までの記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。絶対に諦めない強い心で、ピヨちゃんに声を送り続けていました。でも、心音の確認が取れず、エコーで診てもらうと、「心拍が確認できない」と告げられました。振り返り記録、前回の記事㉔全てが止まった夜。心拍停止(1)死産ま
入院までの約1週間。沢山の天使ママさん達の体験談を読みました。本当に参考になる内容ばかりでした。だから絶対に私もこの経験を残しておきたい。そう思いました。いま、産後に記事が書けている事がうれしいです。何ならちょっと誇らしいくらい(笑)もしこの記事を読んでくれている天使ママさん達が居たら…。産後のママさん、お疲れさまでした。産声のない出産はつらいですよね。悲しいですよね。でも、その経験はその子の親にしかできない事ですよね。わが子を産むことはママにしかできないことですよね。
お久しぶりです。最近はつわりがしんどくて携帯見るのも辛かったのと、今週から仕事復帰でバタバタで更新できませんでした。今日は病院でした。本来なら卒業の日。市役所に行く用事もいくつかあったので、病院のあとで、市役所に行って、母子手帳ももらいに行く予定でした。今日はいつもの先生ではなく久々の院長先生今日はいつものおじさん先生じゃないのか…最後に会いたかったな…なんて思っていたら、『白血球が高いけど、風邪かなんかひいてる?』😅『子供が先週インフルエンザにかかって、もう治ったんですけど、私
こんばんは前回、稽留流産の診断後、つわりに苦しみ夫と喧嘩をしたことをお伝えしました↓『【2人目妊活】稽留流産とつわりと喧嘩』こんばんは前回、妊娠8週辺りで赤ちゃんの心拍が止まってしまっていたことをお伝えしました↓『【2人目妊活】8w?d赤ちゃんダメでした…』こんにちはタイトルの通…ameblo.jpその後、一昨日は一日冷戦状態。ほぼ会話はせず、夫のご飯も作らず(それぞれパンとか食べた)、私はただ流産関連のブログを見たり、YouTubeを観たりして一日何もせずに過ごしました一番心に刺さっ
稽留流産確定後2月24日に自然排出。心が無のまま生活していたけどやんちゃなワンコ達や普段通りに過ごしてくれる旦那のおかげでいつもの生活になりつつあります。今日はその後の診察と出血についてあとは…今後の治療について書きます。2月24日に自然排出した後生理1日目や3日目くらいの出血とたまに小さなレバーや粒々の血の塊が出たりして1週間後には茶色になる日が増えてきました。10日後の3月5日に診察。まず胎嚢と少しついてた組織の病理検査の結果は問題なし。そして内診ではまだ少
私自身に起きた、死産までの記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。「羊水過少(慢性早剥羊水過少症候群:CAOS)」「成長の遅延」「脳室拡大」を診断され、流産・死産を宣告されました。でもピヨちゃんの命を信じ、絶対に諦めない強い心で声を送り続けました。振り返り記録、前回の記事㉓ピヨちゃん
前回の続き※稽留流産の内容が含まれています。最初の稽留流産宣告から1週間で茶色いおりものや薄いピンクの出血が少しだけ付くことがあったけど先生には、子宮筋腫からだと思う排出前の出血はもっと一気に量が増えるからと言われていた。その後数日間、何も出血しない日が続いた。そして一昨日の夜、寝ようとするもなかなか寝付けずトイレが近くて何度も起きた。寝不足のまま、昨日の朝。6:00トイレに行くと、生理1日目くらいの出血。あっ始まったと思った。
前回、9週4日の検診で「心拍不明瞭」と診断されました。胎芽が7.9ミリと小さく、おそらく残念な結果になると思われます。今日の検診は、大学病院から産科の専門医が来るので、その先生が結論を出すそうです。病院に着くと、排尿もせずにすぐ診察室に呼ばれました。産科の専門医は50代くらいの女医さんでした。診察室にて…女医さん→「今日で10週0日ですね。前回、赤ちゃんの心拍が弱くなっていたとの事で、さっそく内診させてください。」私→「よろしくお願いします。」内診室にて…女医さん→「そうですね
私自身に起きた、死産の記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。「子宮内胎児死亡」を告げられ、人工誘発分娩によりピヨちゃんが産まれました。痛みも苦しみもほとんど無い、安産でした。振り返り記録、前回の記事㉜天使の出産死産までの振り返りまとめはこちら◆◇死産までの振り返り◇◆
はじめに・・・死産につながる話です。不安に思う方、不快に感じる方、辛い方はここで引き返して下さいね。病院に向かった所まで書きました。詳しくは↓妊娠34週6日の話です。病院に着き、休日窓口で受付を済ませました。病棟ナースが迎えに来てくれるとの事で、待ち合いベンチに座って待ちました。その間、心の中は心配でソワソワしている自分と、大丈夫、大丈夫、心配し過ぎなだけだよねと思っている自分、両方の気持ちを感じながらお腹を撫でていました。看護師さんが迎えに来てくれました。病棟に向かう途中、私は
一昨日のことです。リプロ受診の日でした。14:00診察予約。午後一の予約時間だったけど、行ったら院内すでに混んでいました。着いて10分もしないうちに内診に呼ばれました。見たことあるけど名前知らない先生。いつもはエコー入れてすぐに心臓チカチカしてるの見えるのに、なかなか見えなかった。大きくなって経膣だと見えづらいのかな?なんてはじめは思った。だけど、だんだん胸騒ぎがしてきた。先生が一生懸命、心臓を探しているのがわかった。そして、チカチカしていないけど、心臓と思われるところにカー
---なかなか暗い内容になります---9w2dなんとなく嫌な予感がして、一日早く健診を受けてきました嫌な予感の原因は、昨晩、明らかにつわりが軽くなったことお風呂あがってからベッドに入るまでが一番具合悪く、明るいところにいるのが辛いくらいだったのに、昨晩、なんともなかったんです旦那さんの夕飯を温めるのも嫌でオエオエしながら支度していたのに、昨日は夕飯をジーっと見つめても、においを嗅いでもなんともなく、その後横にもならずソファに座ってテレビを見ていられましたそ
こんばんは前回、妊娠8週辺りで赤ちゃんの心拍が止まってしまっていたことをお伝えしました↓『【2人目妊活】8w?d赤ちゃんダメでした…』こんにちはタイトルの通りですが、先週ギリギリ心拍が確認できた赤ちゃん、やっぱりダメでした…先週の記事はこちら↓『【2人目妊活】7w?dなんとか胎芽らしきもの…ameblo.jpその後、昨日念の為もう一度クリニックで確認するも、やはり心拍は動いておらず、稽留流産と診断されました自然排出を待つという選択肢もあるけれど、痛みと大量出血で救急車呼ぶレベルのこと
分娩予約は、高齢のハイリスク妊婦かつ、双子ということもあり、医療の充実している病院のみに絞ってリサーチ。品川区の東京品川病院と昭和大学病院、信濃町の慶応大学病院と複数の病院へ実際に自宅から行ってみて距離や施設を見ましたが、結局このコロナ禍において、通院に時間がかかる病院はリスキーと思い、自宅から30分以上かかる病院は選択肢から外すことに。また、コロナ患者を受け入れている病院もリスクがあると考え、止めることにしました。結果、自宅から近い御三家の1つに絞り初診予約を取ることに。しかし人気
私自身に起きた、死産の記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。「子宮内胎児死亡」を告げられ、人工誘発分娩の処置に入りました。ピヨちゃんへのプレゼント、手紙を用意しました。振り返り記録、前回の記事㉙お別れの準備(2)死産までの振り返りまとめはこちら◆◇死産までの振り返り◇◆
更新出来ないかもと言いつつ、吐き出すために、向き合うために、忘れないためにブログを書きます。長くなりそうだったら続きます。まずは経過から。12/27IVF由来4BB胚盤胞移植(AHAあり)1/6判定日(BT10)hcg69.51/135w0d胎嚢確認5.2mm1/206w0d卵黄囊確認10.4mm1/246w4d多量出血(緊急受診)出血層あ
こんにちは。続きを書きますとは綴りましたがショックが上回り記憶がすでに曖昧です:(´꒳`):診察室をでて旦那さんを呼び『ダメだった』その一言だけ伝えて診察室に入りました。私は旦那さんの顔をみると涙が溢れそうで見る事がでしませんでした(´;ω;`)診察室に入ると今後の事を説明されました。いま思えばIVFなんばに通いだして一番長く診察室でお話をしていました。◎先程、何度も丁寧に確認しましたが心拍の確認をとることができませんでした◎稽留流産になると思います◎このまま
1月6日14:42可愛い可愛い我が子が産まれました。産声をあげれない小さな小さな天使。名前は「流依」(るい)です。男の子でも女の子でも大丈夫なように。そして、記憶が忘れない内に。分娩当日朝7時から内診して薬を入れて開始。旦那が10時前に来てくれてあかちゃんの色々なものを持ってきてくれたので一緒に生地の型取りをしてあかちゃんの服を作りました。全然、痛みもなく2回目のお薬。生理痛のような痛みがあるようなないような…???トイレが近くなって何度も何度も行く。急にお腹
私自身に起きた、死産までの記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。流産・死産宣告を受けながらも、絶対に助かると諦めないで信じていました。しかし、「子宮内胎児死亡」を告げられてしまいました。かけつけた母は一旦家に帰り、旦那だけ病院に泊まりました。振り返り記録、前回の記事㉕全てが止まっ
※悲しい結果です。読みたい方のみでお願いいたしますm(__)m先週、9日の金曜日は産婦人科受診の日でした。まず受付して、いつも検尿して最初は看護師さんが対応してくださるのですが、その日はいきなり先生の診察おや?とは思ったものの、ではね、今日は出産予定日とかも決めていきますのでねっ早速診ていきましょう!って、先生は、母子手帳もらいにいくときの紙(妊娠届?)も机の上に置いて話しし
旦那が仕事のため、1人で病院。なんだか心細くてただただ何とも言えない淋しさと悲しさと。心臓の音が聞こえない日から1日ずつ悪阻が嘘のように消えていて昨日にはすっかり無くなってしまった。そして、昨日の夜からキューってお腹が締め付けられるような痛いってのとまた違うような変な違和感が出てきて自然排出してしまうのかな?と、不安に。電車に揺られながら病院に近づくにつれて涙が止まらなくなってしまってあぁ…だめだ、平常心で先生のお話聞ける気がしないって不安になった。でも、しっかりし
私自身に起きた、死産の記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。死産後、ピヨちゃんと思い出の時間を過ごしました。旦那も病院に到着し、親子3人で過ごす最初で最後の夜です。振り返り記録、前回の記事㊱みんなの天使死産までの振り返りまとめはこちら◆◇死産までの振り返り◇◆
私自身に起きた、死産の記録になります。似たような症状だからといって、同じ結果になるとは限りません。妊娠中の方は不安になるかもしれまん。また、辛い内容が含まれています。天使ママさんは辛い記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。ご注意願います。「子宮内胎児死亡」を告げられてから一夜が明けました。再診察の結果も変わらず、処置に入ることになりました。振り返り記録、前回の記事㉗苦しみを感じたい死産までの振り返りまとめはこちら◆◇死産までの振り返り◇◆
私が手縫いした服を着せてもらって連れてきてもらったあかちゃん。心拍停止が分かってから分娩の日まで旦那と話し合って考えて決めた名前。「流依」るい。男の子でも女の子でも大丈夫なように名前を考えました。姓名判断もしたよ。旦那が「流」っていう漢字が好きで昔から子供ができたらこの漢字を子供につけたいって思っていたらしく1人目の時の子は「光流ひかる」という名前にしました。男の子でも女の子でも大丈夫なように。ちょっと男の子よりな気もするけど。もちろん姓名判断も。あなた
手術をしてから二日後相変わらず意識が戻らない私に、夫はその日も「今日は、なんの写真もって行こうかな」と考えていたらしい。意識はないけど、なにか思い出になりそうな写真とか持っていけばうっすら空いている左目から見えているんじゃないかと思っていたらしい。そろそろ、家を出ようとした時、携帯が鳴った。病院からだった。嫌な予感をしながら電話に出た夫。「ご主人ですか?先ほど、奥さんの心臓が停止しました。」、、とこの言葉を聞いた時点で、夫は大パニック。号泣しながら「助けてください!
お骨を残すためにはネットで朝一火葬、念押しをなん度もする、とあったのでその様に。ただ朝一火葬に関してはそんなことはない、という返事も多く、骨も難しい、何も残らないと言われた。色んな課とのやりとりがあり火葬許可証と引き換えに我が子を引き取る。かわいいお洋服と小さな特別な贈り物と、かわいいお花で埋め尽くし親子3人で記念撮影をした。一晩親子水入らずで過ごす。お骨に関して義父が火葬担当の方に更に念押しをしてくれた。やはり難しい、といわれたようだった。お骨は奇跡的に数個